■伊集院さんのラジオにて
伊集院さんは、趣味で童話の絵本を集めていらっしゃるそうで、裸の王様も集めていた絵本の中のひとつだったとのことです。そして、どの裸の王様の絵本みても、あるワンシーンが描かれているそうです。それは、仕立屋が誰もいない自分の工房にその布を持ち帰って、無いはずの布を裁断するパントマイム?みたいなシーンが描かれているとのこと。
ここから解釈できることは、本当に利口にしか見えない布が存在し、本当にこの仕立屋が王様に服を作っていたとしたら、冤罪で島流しにあっていたと…。
伊集院さんの着眼点の鋭さに感銘を受けながらも、少しゾッとしました。と同時に、人間関係の諸問題はだいたい勘違いから起こっている(By偉い人)、という話を思い出しました。
■コロナ禍によるコミュニケーション不足が引き起こす冤罪は起きていないか
数年前、弊社退職者について、全社に告知がなされた際に、それを聞いた新人の一人が、ひどく悲しい思いしているように感じました。話を聞いてみると、退職者が出たにも関わらず、周囲の反応がドライで組織に血が通っていないのではないか、と感じたそうです。
本当に血が通っているかどうかは、判断が難しいですが、その瞬間だけ切り取って、そう判断するのは、勘違いとまでは言いませんが、判断が早すぎる気はします。実際、その退職者に対して、マネジメント側がかなりの量のコミュニケーションをとっていたことを知っていたため、尚更そう感じました。
コロナ禍でリモートワークが推進され、コミュニケーションをとっている人同士を、第三者としてみられない(観察できない)ことによって、物事を断片的にしか見せられていない状況が生まれてしまっていると感じます。
冤罪で島流しになる人が出ないように、浮いた出勤時間を意図的なコミュニケーションをとるための時間(社内MTGを10分伸ばして、アイスブレイクから必ず始める等)に使っていきたいと思います。
木下雄介