1.経営者の孤独、人事の孤独

私は、月に一度、仕事とは別のものとして、日々組織運営に関わる方々との勉強会を主催しています。ここに来る顔ぶれは様々で、ベンチャー経営者から人事担当者、人材系ベンダー等等です(勉強のためにとある大学のゼミ生も複数名毎回参加しています)。
もちろん組織・人事に関する知識を深めようという目的の勉強会ですが、実はこの勉強会を立ち上げた目的はもう一つあります。それは、日々組織や人事に関わる孤独な方々が、日常の苦悩を吐露し、共感し合い、癒されて、また次の日から自分の組織に戻って頑張る。そんな場を提供したいと考えたからでした。
『経営者は孤独だ』『人事は孤独だ』と経営や人事に関わる方々は孤独だと言われます。経営の仕事は、事業の決定、資源配分の決定、人材育成の決定と、大方“決めること“で占められますが、この“決めること”、というのは大変ストレスのかかることです。
船そのものを右に進めるか、左に進めるかを決める舵取りをしている重責を担うのは、経営者だけです。経営層のことをトップマネジメントといいますが、文字通り誰よりも上にいる、ということが孤独感を感じさせているのかもしれません。
一方で、人事が感じる孤独感の理由の中は、経営者のそれとは異なっているものがある気がします。
ただ、そもそも「人事の仕事は経営そのもの」や「経営の仕事の半分は人事」といわれるように、経営と人事の仕事の境目は本来あいまいですので、孤独感の理由には共通する面の方が多いと思います。なので、今回は、経営者と違って組織のトップランナーではない人事(部門)が抱える孤独感に向き合ってお話しようと思います。

2.人について決める仕事、人事部

人事部は、文字通り「人の事を扱う部門」です。人の事を扱う、というとざっくりしすぎていますが、ようは

・誰を採用するか否かを決める:採用
・誰が何の仕事をするのか、また誰と誰が一緒に働くかを決める:配置・配属
・誰に何を経験させるか、何を学ばせるかを決める:育成・教育
・何をすれば報酬(多くはお金)が与えられ、何をすれば罰せられるか決める(これも多くはお金):評価・報酬
・いつ、どのように働くかを決める:就業規則

こういったことを決める仕事です。
人事もやはり“決める”仕事です。先ほども述べた通り、決めることは相当なストレスがかかることです。しかも決める内容は、「人」に特化しています。
ここでの「人」というのは従業員のことですが、従業員本人にとっては、組織の中で生きる自分に関わるすべてを決めている部署が人事部なのです。
従業員の立場からすれば、事業の方向性のような大きすぎる決め事よりも、自分の一挙手一投足によって給料がどう変わるのか、のほうがよほど自分事でしょう。
しかも、その人の人生に直結していることばかりです。まさに生殺与奪の権利を持っていると思われてもおかしくありません(事実そうかどうかは別として)。
人は自分の利害に関わることには必死になります。なおかつ、それを、対外的事業を行って直接的にお金を生み出しているわけではない別の部門が握っているとあれば、悲しきかな同じ社内でも時に敵だとみなされることが多いのも人事部なのです。

3.秘密を扱う仕事、人事部

また、人を扱う仕事は、必然的に秘密を扱う仕事でもあります。
人事部は秘密だらけの部門です。「○○は●●よりも給料が高い」といった労働条件・待遇に関する情報から、社員のモチベーション・メンタルに関する情報、ひいては社員の家族情報まで把握している人事部が、普段飲み会などで他部門の社員と腹を割って話すことができないとしても無理はありません。
古今東西、誰かの秘密を知っていることはパワー(権力)の源となり、また人は秘密を使って親密な人間関係を築く傾向があります。「あなたにだけ特別に秘密を教えてあげる」という言葉は、自分が相手に深く信頼されていることを証明しています。
しかし、人事部は、こういった人間関係のプロセスを経て秘密情報を得ているわけではありません。組織運営上、仕方なく取得しているにすぎないのです。ということは、顔も知らない人事部員に自分の秘密を自分から打ち明けたわけでもなく知られていることは心理的に気持ちが悪いことであり、忌み嫌われたとしても仕方がありません。
当然、この秘密を使ってなにか悪い事をしてやろう、と思っている人事の方などいない(むしろ人事の方は受容性が高く、温和な方が多い)としても、その性質上、他部門の社員と距離を置かれることもあるでしょう。

4.誰も見ていない先を見通す仕事、人事部

そして、人事は目の前のことだけでなく、長期的な視点で仕事を行わなければならない部門でもあります。
これも人を扱っているがゆえですが、例えば、社員に育成方針を立て、その方針に従って育成施策を取っていったとしても結果が出るのは早くても数年先です。
また採用においても、ある人を採用して会社に利益をもたらしてくれたかどうかが判明するのも、数年~数十年かかることが普通です。“採用は生涯賃金2億円の投資案件だ”、とも言われますが、会社がその人に払う人件費以上に貢献してもらえそうか否かを、採用の段階で決めなければいけないのです。
こう考えると、誰も見ていない先を見通した判断をしないといけないのも人事の仕事であり、時にそれが逆名利君(一時的に主君の命令に逆らっても、結局は主君の利益になるように考えて行動するの意)である必要もあるでしょう。まだ見ぬその人の可能性を信じて大きな決断をするのはとても勇気のいることですし、時には周囲に理解されないこともあるでしょう。
だからこそ、人事だけは最後までその人の可能性を信じてやまない。そんな姿勢が求められるのだと思います。

5.非常にやりがいのある仕事、人事部

以上が、人事という仕事(そして人事部)が抱える孤独感の正体であると思います。
私は、この生半可な覚悟ではできない人事という仕事に関われることを誇りに感じますし、人事という仕事は自分の人生をかけるだけの価値がある、やりがいのある仕事だと感じます。
人事に関わっている方々は、真面目な方が多いです。こういった孤独感と闘いながらも、真面目さゆえにパンクしてしまわないよう、ぜひ社外のコミュニティに出ていったり、時には家族に愚痴を聞いてもらったりして、定期的に息継ぎをしていただきたいと思います。

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安藤健

元々、臨床心理学を学んでおり、児童心理治療施設(虐待などで心に傷を負った子ども達の心理支援をする施設)にて、長らくインターンをしていました。 ここは、まさに心理学を「病の治癒」に活かす現場でした。そこから一転、心理学を「人の能力開発」へ活かしたいと感じ、人事という世界に飛び込んでみました。 現在では、こういった心理学の観点なども踏まえつつ、人事・マネジメント系コラムの連載をしています。

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