1.人事は人事部だけの仕事じゃない

組織や人事に関わるお仕事をしていると、現場の声を聴かずして施策が上手くいくことはまずありません。評価制度にしても、評価を運用する現場がどういう特性で、何がインセンティブ(動機付け)になるか、を理解した上で設計しなければどんなに綿密な制度であってもきちんと運用されることはありませんし、研修設計にしても現場で今どんな能力が足りていないのか、何を今後伸ばしていかねばならないのかを理解していなければ十分な効果は上がらないでしょう。
採用にしても、現場から「こういうやつを採りたい」というのを細かく吸い上げ、採用するか否かの最終決定も現場にゆだねられることが多いでしょう。やはり人事は現場ありきなのです。
でも、ではなぜ多くの企業には人事部(または人事課)という独立した部署があるのでしょうか。人事の仕事がつまるところ現場ありきなのであれば、現場が現業と兼任して人事機能を担っても良いはずです。
現に、外資系企業の中には、各現場マネージャーに採用責任があり、母集団形成から選考そして内定者のフォローまで一貫して行っている企業が多くありますし、日系企業も例えば生命保険会社などでは、やはり採用責任は人事ではなく各部門が担っていることもあります(そうなると、我々は同じ会社の別の部門からそれぞれお仕事を受けることもあります。しかもこの場合、各部門同士で特段、連携・情報共有しているわけではなく、独自の採用戦術をとっています)。
それでも、やはり特に日系企業であれば人事部という専属部署を置いている会社は圧倒的に多いのが現状でしょう。これはなぜでしょうか。
そもそも現場は直接的にお金を稼いでくるので手一杯なので、社内のこと、特に人まわりの仕事をする余裕などない、ということで専属部署を置くというのはもっともな理由の1つだと思いますが、ここでは、そういったマンパワー的問題からくる役割分担というのは一旦脇に置いておき、他に人事部が独立している意味、つまりどんなメリットがあるのかについて考えてみたいと思います。

2.人事部にしかできないこと

まず、全体最適の実現というのが挙げられます。人事部としてどこかの部門と切り離すことで、部門の利害から一定の距離を置いて、より広い視点から施策を考えることができます。特にジョブローテーションを前提とした日系企業であれば、採用した社員を数年単位で部署異動・職種転換させることが往々にしてあるため、最初に1つの部門に適した特性を持つ人材よりも、より広い意味で自社の仕事に適性を持つ人材を採用しようとします。その際必要なのは部門最適よりも全社最適の採用基準でしょう。
また人事部には経営視点、つまり未来を見る視点が必要とされます。例外もありますが、現場ではしばしば“今”必要な人材、“今”必要なスキル、“今”いる社員の特性のみからこういう人事・組織作りをしたいというニーズが挙がりがちです。もちろん今がなければ未来はないので、“今”のニーズに合わせた人事施策はとても重要なのですが、刻々と変化する外部環境に適応して企業が生き抜いていくためには、未来を先読みする人事施策も考えなければなりません。そのため、今だけでなく、“今後”必要な人材、“今後”必要になるスキル、“今後”入ってくる社員の特性を踏まえた人事・組織作りも重要なのです。
そして未来を先読みするのは、企業のかじ取りを行う経営です。このように、人事は現場に寄り添うだけでなく、経営にも寄り添って考えなければならないのです。となると、経営・現場どちらにも振りすぎないある意味、永世中立国としての存在である必要があり、これが、人事部が独立している意味であるとも思います。最近では、より部門へ寄り添った人事としてHRBP(ビジネスパートナーとしての人事)というのも出てきていますが、これも事業部付けではなく、あくまで人事部の中のポジションであることが多いため、やはり俯瞰的視点から部門の人事を考えてほしい、という要請が背景にあるように思います。

3.会社の駆け込み寺

また、こういった事業経営的な視点での意味だけでなく、社員のメンタルサポートとしての意味もありそうです。人事部が「人について扱う独立した部門」となっていることで、社員の駆け込み寺としての機能を果たすのです。
人事部には大小問わず色々な相談が挙がってきます。組織の中で起こる様々な問題は突き詰めればたいてい人の問題(特性の問題や関係性の問題)にぶつかるのですが、こうした問題を率直に打ち明けられるのは、現場内での利害に影響を受けにくい人事部が中立国として独立しているからです(もちろん、こんなことを話せば評価に響くのでは…という懸念から人事部には話せないということもありますが、これは結局、現場と人事部の信頼関係の問題だと思います)。

人事は、現場を見、経営を見て仕事をしなければなりません。

これはとても難しい仕事だと思います。でもその両方を見て仕事をできるのは人事部でしかないと思うのです。ぜひ人事部の方には、自分たちの存在意義を目一杯感じながらミッションを遂行していっていただければと思います。

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安藤健

元々、臨床心理学を学んでおり、児童心理治療施設(虐待などで心に傷を負った子ども達の心理支援をする施設)にて、長らくインターンをしていました。 ここは、まさに心理学を「病の治癒」に活かす現場でした。そこから一転、心理学を「人の能力開発」へ活かしたいと感じ、人事という世界に飛び込んでみました。 現在では、こういった心理学の観点なども踏まえつつ、人事・マネジメント系コラムの連載をしています。

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