人材育成の課題を解決する相性のよい配置とは

なかなか人材が育たない、どのように人材育成したらいいのかわからない、と人材育成に多くの企業が課題を抱えています。

 その課題の解決には「相性の良い配置」を実現することがポイントです。では、相性の良い配置とは何で、どのように実現したらよいのでしょうか。

 今回は、「配置で人材を育成する」ことについてご紹介いたします。

1.配置転換が人材を育成する

 人事領域の中で採用が大事であることは多くの記事でご紹介してきました。その中で、例えば求める人物像などの策定において、社内で育成できる要件は極力盛り込まないほうが賢明であるということをお話したと思います。つまり裏を返すと、採用した後の育成があまりにお粗末だと、せっかく採用した優秀な人材も平凡な業績しか残せないということになりかねないのです。

 

 そうした育成の悩み・課題は多くの企業で抱えていることでしょう。結論からいうと育成の多くの課題は「配置」で解決します。

 

 なぜなら、人事異動や配置転換によって、社員は新しい環境に適応し、新しい能力や考え方を身に付ける必要があるからです。こうした新たな環境への適応に対する不安やストレスを乗り越える経験が、人を成長させるのです。さらに、ある業務では平凡な評価だった人材が、別の業務で身に着けたスキルによって非常に優秀な人材にもなりうるのです。

2.現状維持には罠がある 

 とはいえ、多くの組織では、配置を重視せず現状維持に陥りがちです。なぜなら、現状維持は、現在の業務の効率性・生産性を短期的に上げるからです。変化の激しい現代では、組織は短期的な成果を求められることが多いでしょう。短期的な業績が求められる事業責任者は、成果を上げる優秀な人材を現在のポジションから外したくはないでしょうし、成果を上げるかわからないメンバーを受け入れるのも難しいでしょう。メンバーも、これまで慣れ親しんだ業務や部署を離れ新しい仕事をするというのは相応の勇気がいります。

 結果、現状維持という状態となってしまうのです。

 

 しかし現状維持は、実は社員のやる気を奪うという点で危険です。いかに優秀な人といえど、長年同じ仕事をし続ければ、成長は止まります。さらに、その下でマネージャーの席が空くのを待っているメンバーのやる気も損ないます。どれだけ努力しても、1つしかないマネージャーの席が空かず、昇格の機会がなければモチベーションは低下するでしょう。モチベーションの低下もまた、成長を止める1つの原因となりえます。

  

 このように配置をせず、社員の内部移動が停滞することは成長の停滞と組織の不活性化につなっがてしまいます。社員の成長なくして、組織の成長はありません。裏を返せば、配置は、育成の課題の解決につながり、組織課題の解決にもつながる可能性を秘めています。

3.”相性のよい”配置とは

 では、配置で育成を成功させるにはどうしたらよいのでしょうか。それは「相性」を重視することです。一般に配置にあたり、人事担当者が考慮するのは、個人の能力や志向、適性です。しかし、それでは不十分です。

 

 配置において最も重要なことは「配属先と配属される人との相性」を考慮することです。なぜなら、多くの日本人が、「役割意識」を重視し、状況や立場に合わせて自分の役割を変化させることをいとわず、それを貢献と考えるからです。成果主義が広く浸透してきたこともあり、業績の低い者は個人の能力不足と判断されがちですが、実は相性によって最大限のパフォーマンスが発揮できていないだけのことは多々あるのです。

 では、良い相性とはなにか。それには2種類あります。

3-1.同質関係

1つ目は「同質関係」です。これは互いに似ているパーソナリティの組み合わせのことです。例えば、1から10まで教える丁寧な上司に対して、丁寧な指導を望む部下が就くというケースなどです。

 この関係は離職率が高い場合は非常に有効です。同質関係は互いに似ているがゆえに、コミュニケーションコストが低く、分かり合うのに時間を要しません。心理学的な類似性効果からも友好関係を構築しやすいでしょう。

 しかし、同質関係は慣れるとマンネリ化し、生産性の低下を招きがちです。

 

3-2.補完関係

そこで、もう一つの良い相性の配置である「補完関係」の方が適している組織も少なくありません。これは、凹凸のように互いに補完しあう組み合わせのことです。例えば、自分の信念に基づいて部下を引っ張る上司に対して、素直で従順な受容タイプの部下が就くケースなどです。

 こちらは、異質な関係のため理解しあうのに時間はかかりますが、その段階を乗り越えると互いに刺激となり、高い生産性を発揮すると言われています。

 

 これらは解決すべき組織課題に応じて適応させるべきです。また、同質関係でも補完関係でもない無作為な異質関係もありますが、これは理論上最も生産性が低いことがわかっています。ただ、うまくいけば補完関係のような同質関係では生まれない、非常に独創的なアイディアを生み出すかもしれません。が、そのケースは稀で失敗すると組織としてのコントロールが難しくなるので気を付けましょう。

 

4.相性の良い配置を実現するには

4-1.パーソナリティの可視化

 こうした相性の良い配置の実現には、パーソナリティの可視化が必須です。というのも、人事担当者の勘を根拠に相性を判断するとしばしば間違うからです。人間誰しもが持つ心理バイアスがそうした失敗を引き起こすために、できるだけ客観的に正確に個々人のパーソナリティを把握する必要があります。例えば、パーソナリティの可視化の方法には、SPIなどの適性検査などがあります。

 

 これらは、多くの企業が採用選考時に導入しています。すでに実施していれば、採用した人物のデータは容易に得られるでしょう。また、相性の良い配置の実現には配属先の人物のパーソナリティを把握している必要もあります。したがって、受けていない社員がいるのであれば極力全社員に、少なくとも配属予定先のマネージャーに同じ適性検査を実施しましょう。

 

 とはいえ、すべての配属先で相性の良い配置ができるとは限りません。その理由は、配属地域や希望部署など様々な制約条件があるからです。相性が良くないと知りつつ配属を決めることもあると思います。それは仕方のないことです。

 

 大切なことは、相性の良くない配置であることを認識していることです。認識していることで、様々な対策やサポートを立てることができ、それだけで結果は大きく異なります。具体的には例えば、同質性の高い新人を複数人同じ部署に集中配属したり、先にマネージャーへ新人との性格の違いやマネジメント上の注意すべき点を共有したりという方法です。

4-2.社内転職制度の導入

 相性の良い配置を実現するもう1つの手段は社内転職制度の導入です。社内転職制度とは、細かい部分は多くの企業で異なりますが、基本的な枠組みとしては、人事部が配置を決定し辞令を出す一般的な計画人事ではなく、社員自らが転属先を決める自由市場であるということです。つまり、新たな人材を求める部署とそこへ異動を希望する人材がマッチングすれば、それだけで異動できるというものです。

 

 ただ、このような制度にありがちなことは、導入すれば解決すると思ってしまうところです。制度を活用するには、いくつかのポイントを抑えることが重要で、社内転職制度にも上手に活用するためのポイントがあります。それは、インフォーマル・ネットワークの構築です。インフォーマル・ネットワークとは社内の違う部署の社員とプライベートな関係性が築かれていることです。

 

 インフォーマル・ネットワークが構築がされていると、ミスマッチの少ない配置が可能になります。なぜなら、転属希望先部署の知り合いからマネージャーのパーソナリティやリアルな内部事情・業務内容の情報を入手することができるからです。さらに、その知り合いの方が配属希望者の性格や特性なども理解した上で本音の情報を入手できるからです。例えば「今度のプロジェクトのリーダーは、君と相性がいい(悪い)と思うよ」のように先に知っておくことができます。

 また、社内転職制度も完全な制度ではありません。したがって、社内転職制度を導入しても適性検査を全社員に実施することをお勧めします。

5.重要なことは組織全体で育成する意識:「メンター制度」

 最後に、相性の良い配置の実現の大前提として、組織全体で育成するという意識を持つことが重要です。

 よく、現場の育成はマネージャーの責任と考えてしまいますが、実際には相性のよいマネージャーの下に配置しただけでは十分な育成効果は望めません。なぜなら、現場のマネージャーには、彼らの評価や仕事の割り振り、モニタリングなど様々な役割を担っていて、育成の優先度が低くなりがちだからです。実際、育成に十分に時間をかけられない、ことが育成の課題という企業も多いです。

 そこで、組織全体で育成するという意識を持つことで、直属のマネージャーだけでは手が回らない育成を補うことができるのです。 

 

 その仕組みの1つが「メンター制度」です。

 メンター制度とは、配属部署の直属の上司・マネージャーとは別に、年齢や社歴の近い先輩社員をメンターとして指名し、若手社員(メンティ)をサポートする制度です。正式なマネージャー・上司ではないために、直接の利害関係もなく良い意味で気軽かつフラットにいろいろな相談をしやすく、業務の枠組みを超えてメンターが指導・育成を行うことで、メンティに基礎的なスキルやマナーを身に付けさせることができます。

 結果、マネージャーの育成にかかる負担は軽減され、直属のマネージャーに言えないような悩みを吸い上げることにも役立つのです。

 

 メンター制度を上手に活用することで、インフォーマル・ネットワークの構築や拡大、前年ではメンティだった人材が今年はメンターになるなど、さまざまな好循環が生まれます。 

 さらに実は、このメンター制度は、メンティに有益なのは当然のこと、メンターにも有益です。なぜかというと、人にものを教える経験というものは物事を深く理解することに非常に役立つからです。このことは、多くの人が経験し体感したことがあるのではないでしょうか。メンターは、メンティへの指導を通じてマネジメントやコミュニケーションのスキルを訓練することができるのです。

 こうしたメンターとメンティの組み合わせももちろん重要です。先ほどのように適性検査で組み合わせるのもよいでしょう。しかし、あらかじめ複数のメンター候補とそのパーソナリティを提示したうえでメンティに選ばせるという方法もあります。

6.まとめ

 今回は、人材育成の課題は相性の良い配置の実現に解決の糸口があることをお話ししました。

 短期的な成果を求めるあまり、現状維持という選択をしてしまいがちですが、勇気を出して配置転換をすることで中長期的な成長を促すことができます。

 こうした配属・配置による育成の分野はまだ実践している企業も少なく、未開拓の分野だといえます。採用時の適性検査も、採用以降活用してこなかった方も多いのではないでしょうか。しかし、裏を返せば、適性検査を活用し、効果的な配置を実施することが出来れば、企業の優位性につながるかもしれません。

 本記事を参考に、中長期的な視野で育成を再検討してみてはいかがでしょうか。

参考文献

・「人事と採用のセオリー」 ソシム 曽和利光

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曽和利光

【経歴】 株式会社 人材研究所代表取締役社長。 1971年、愛知県豊田市出身。灘高等学校を経て1990年に京都大学教育学部に入学、1995年に同学部教育心理学科を卒業。 株式会社リクルートで人事採用部門を担当、最終的にはゼネラルマネージャーとして活動したのち、株式会社オープンハウス、ライフネット生命保険株式会社など多種の業界で人事を担当。 「組織」や「人事」と「心理学」をクロスさせた独特の手法が特徴とされる。 2011年に株式会社 人材研究所を設立、代表取締役社長に就任。 企業の人事部(採用する側)への指南を行うと同時に、これまで2万人を越える就職希望者の面接を行った経験から、新卒および中途採用の就職活動者(採用される側)への活動指南を各種メディアのコラムなどで展開する。

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