「裸の王様」の仕立屋は冤罪で島流しに?

裸の王様について、伊集院さんがラジオでおもしろい見方をしていたので、ご紹介します。

 

裸の王様のストーリーをかなりざっくりまとめると

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服好きの王さまの元に仕立屋が現れ、利口にしか見ることのできないお洒落な服を作りましょうか、と。王様は大喜びで大金を出しその仕立屋に服を作らせた。家来も国民も全員服が見えていないにも関わらず、その服でパレードに出ることになった。王様に逆らえない周囲の人間は、裸の王様をみて褒め称えた。しかし、一人の少年が「王様、はだかだ!」と言うと、周囲も目が冷め、笑いが起き王さまは恥をかくことに。仕立屋という名の詐欺師は、島流しにあうことになる。

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というストーリーです。(一部異なる点があるかもしれませんが、ご容赦ください)

ここから学べることは、

・自分をよく見せようとすると、結局回り回って恥をかくことになる

・NOといえる勇気が必要

など、人による解釈の違いはあるものの、このようなことを伝えようとしているのかと思っていました。

■伊集院さんのラジオにて

伊集院さんは、趣味で童話の絵本を集めていらっしゃるそうで、裸の王様も集めていた絵本の中のひとつだったとのことです。そして、どの裸の王様の絵本みても、あるワンシーンが描かれているそうです。それは、仕立屋が誰もいない自分の工房にその布を持ち帰って、無いはずの布を裁断するパントマイム?みたいなシーンが描かれているとのこと。

 

ここから解釈できることは、本当に利口にしか見えない布が存在し、本当にこの仕立屋が王様に服を作っていたとしたら、冤罪で島流しにあっていたと…。

 

伊集院さんの着眼点の鋭さに感銘を受けながらも、少しゾッとしました。と同時に、人間関係の諸問題はだいたい勘違いから起こっている(By偉い人)、という話を思い出しました。

■コロナ禍によるコミュニケーション不足が引き起こす冤罪は起きていないか

数年前、弊社退職者について、全社に告知がなされた際に、それを聞いた新人の一人が、ひどく悲しい思いしているように感じました。話を聞いてみると、退職者が出たにも関わらず、周囲の反応がドライで組織に血が通っていないのではないか、と感じたそうです。

 

本当に血が通っているかどうかは、判断が難しいですが、その瞬間だけ切り取って、そう判断するのは、勘違いとまでは言いませんが、判断が早すぎる気はします。実際、その退職者に対して、マネジメント側がかなりの量のコミュニケーションをとっていたことを知っていたため、尚更そう感じました。

コロナ禍でリモートワークが推進され、コミュニケーションをとっている人同士を、第三者としてみられない(観察できない)ことによって、物事を断片的にしか見せられていない状況が生まれてしまっていると感じます。

冤罪で島流しになる人が出ないように、浮いた出勤時間を意図的なコミュニケーションをとるための時間(社内MTGを10分伸ばして、アイスブレイクから必ず始める等)に使っていきたいと思います。

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木下雄介

木下雄介

愛媛県出身。新卒で飲食ベンチャーであるきちりに入社後、リクルートに不動産広告の営業職として転職。 飲食ベンチャーでは成果が出ている店舗は“人”のコンディションがいいことや、“人”をマネジメントすることの難しさを感じた。リクルートでは“人”の課題で苦しんでいるクライアントと対峙してきたことから、漠然と“人”に興味が湧いていた。そんな中で当社の「結論ありきのコンサルティングはしない」というスタンスに魅力を感じ入社を決め、今に至る

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