1.「大人を変える」という難しい人事テーマ

「あの人はどうせ変わらない」、日常のマネジメント場面で何度この言葉を聞いたでしょうか。残念ながら、私も中々“変われない”方をたくさん見てきましたし、“変わること”への大変さ、恐怖を自分自身、年々痛感しています。

人は、大人になっても変わり続けられるのか、それとも次第に変われなくなるのだろうか。

このテーマは、心理学を学んできた私にとって、学術的な知識と現実世界での体験に大きなギャップを感じさせるものの1つでした。

心理学には、『生涯発達心理学』という分野があり、大抵、心理学徒なら、だれもが一度は学びます。例えば、エリクソンの発達段階などが挙げられます。

 

 

大体、講義では、人間の発達について乳児期→幼児初期→幼児期→学童期と生まれた直後から青年になるまでの、いわゆる子どもの発達について扱うのがメインであり、実は青年期以降はほとんど触れられていませんでした。

しかし、今では人事という仕事で、むしろ青年期以降、成人初期から壮年期、老年期と大人の発達・学習に日々触れる仕事をしています。一人一人の育成計画を考える時などはまさにそうです。パフォーマンスが落ちてしまっている中堅社員や、転職して新しく組織に入ってきた高年齢社員にいかにパフォーマンスを再発揮してもらえるかが、人事・マネジメントの重要なテーマでもあるわけです。

そんな中でよく飛び交うワードが、冒頭の「あの人はどうせ変わらない」です。

ところが生涯発達心理学では、人は生涯に渡って学習可能性を持つ存在だ、と教えられました。これを「発達の可塑性」といいます。

「いくつになっても人は変わり続けられる」

学生当時、その言葉に希望を感じ、“人間って素晴らしいな!”と素直に思っていたのですが、人事の仕事や実際のマネジメントに触れるようになってからというものの、光り輝いていたその言葉が急にちんけな、実態を伴わない言葉に見えてきた瞬間があったのです。

「いくつになっても人は変わり続けられる」、なんて理想主義の美辞麗句でしかないんじゃないか。そう感じました。

しかし、何事にもトレードオフで良い面と悪い面があると、とかく考えがちな私なので、「大人が変われない(変わりにくい)」ことを犠牲にして、獲得しているメリットがあるはずだ」と考えました。

2.“変わる”というのは学習すること

そもそも人が持つ「学習可能性」というのは、「変化する可能性」のことです。

また、学習には2種類あり、改善レベルで表面的に行動パタンを変えるのは「シングルループ学習」と呼ばれています。一方で、信念や価値観の変化といったより深いレベルでの学習は「ダブルループ学習」と呼ばれます。

人事・マネジメントの現場でより求められることが多いのは、後者だと思います。

例えば、昔はバリバリのやり手だったベテラン社員に、昔のパタンはもう通用しないんだと理解してもらう時や、前職で高い業績をあげていた中途入社者に、前職のやり方のままではうちではうまくいかない、と理解してもらう時には、彼らの信念や価値観レベルでの変化が必要になるからです。

この信念や価値観というのは、「○○は●●であるはずだ」とか「○○は××でなければならない」という、いわば私たち全員が持っている色眼鏡です。

私たちの脳は今生きている世界を見る時、必ずこの色眼鏡、フィルターを通してみています。

何も知らない、経験もない幼児は、この色眼鏡がまだほぼないので、見える世界はすべて新鮮。さぞ美しく、刺激にあふれた世界のはずです。このように幼児期は、脳にインプットされる情報量が多く、都度脳はアップデートされ続けている状態であるため、消費カロリーも大きい。そのため子供は代謝が高く、脳をガンガン使う分だけ、たくさん寝ます。

これが大人になると、今まで生きてきた世界は色あせ、すでに見慣れた世界となります。

色眼鏡は濃く、厚くなり、たとえ初めての環境でも”こう行動すれば、こう結果になるだろう”と、最初から予想して行動します。

このように省エネ化し、最低限のエネルギーで、最大限のアウトプットができるように効率的に脳を使えるようになってきます。

なるほど、大人になり、信念や価値観という名の色眼鏡が厚くなればなるほどダブルループ学習は難しい。つまり人は変わりにくくなってしまうわけです。

3.自分を正確に理解することと、すでに学んだものを捨てること

しかし、そんな大人が変わるために、必要なものは何でしょうか。

私は、2つあると思っています。

1つは、自分の現状を俯瞰し、より正確・客観的に把握していること。つまり自己認知の高さです。大人になればなるほど、この自己認知の重要性が増してくる気がします。自分が何者かというアイデンティティが確立しきっておらず、アクセルとブレーキの踏み方もまだ下手な若者はそんなに冷静でなくても良いかもしれません。しかし、分別と責任を持った大人には自己認知の正確さは必要でしょう。そうでなければただイタい大人になってしまうからです。

そして2つ目は、正確な自己認知に基づく、アンラーニング(学習棄却)です。今自分が持っているものと足らないものを把握して、足らないものを得るために、すでに獲得した信念や価値観、行動パタンがその障害となっているのであれば、喜んで棄却すべきです。

4.その中で人事ができること

とはいえ、この自己認知とアンラーニングが難しいからこそ、人は中々変われないのでしょう。居心地の良いコンフォートゾーンから抜け出すのは怖いし、持っているものを手放すのも勇気がいります。今まで築いてきたものを棄却するのは、まるで自分のアイデンティティが失われてしまうようで、本能的に拒否したいと思います。

だからこそ、人事の方だけは、そんな大人たちの味方として、「人は変わり続けられるのだ」と信じていてほしいのです。

決して、組織全体に向けて人事施策を考える人事が、「人は変わらない」という前提で諸施策を考えてはならないと思います。

現実は、そう甘くない、どうしても変わろうとしない人もたくさんいるかと思います。しかし、「変わらなければならない。我々は変われるんだ」という信念をもった組織風土を醸成することは、不確実な環境下で組織が生き残るための至上命題でもあるはずです。

それを担うのは、他のだれでもない人事の方々だと思います。ぜひ大人たちの自己認知を

高め、アンラーニングを促進する施策を考えていきましょう。

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安藤健

元々、臨床心理学を学んでおり、児童心理治療施設(虐待などで心に傷を負った子ども達の心理支援をする施設)にて、長らくインターンをしていました。 ここは、まさに心理学を「病の治癒」に活かす現場でした。そこから一転、心理学を「人の能力開発」へ活かしたいと感じ、人事という世界に飛び込んでみました。 現在では、こういった心理学の観点なども踏まえつつ、人事・マネジメント系コラムの連載をしています。

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