1.やりたいことがない=悪?

今、私はお仕事の中で、就活生の皆さんに向けたキャリアの考え方についてお話するワークショップを毎年行わせていただいています。その中で、「明確に今やりたいことがないのは悪ではないし、今すぐにやりたいことを無理に見つける必要もない」と伝えています。
実際、毎年学生から就活の相談を受けると、多くの学生が業界選び・会社選びの中で「やりたいことが見つからない」ことに一番悩んでいるのがわかるからです。悩んでいるということは、裏を返すと、「本来そうあるべき(やりたいことがあるべき)」という考え方が心のどこかにあるからだと思いますが、その思想を与えているのは誰でもない日本の就活市場全体であり、これは今後解決しなければならない大きな課題の一つだと思っています。
元々、日本人の文化的特性としても、やりたいことを明確に主張してそれしかやらない、というよりも、集団の一員となって状況に併せて柔軟に役割を変える方が得意であり、こういう在り方を活かして発展してきた民族であるともいえるでしょう。
例えば、日本の新卒採用で特徴的な「総合職採用」も、役割を決めずに入社してから柔軟にローテーションをする中で色々な仕事を任せる、という採用です。この採用方法から考えても、総合職として採用するのに、学生側が「明確にやりたいことがある」、「これしかやりたくない」というのは採用者側にとっては本来都合が悪いはずです。
そもそも、採用者側としては「自社の仕事がめちゃくちゃやりたい」学生と「自社の仕事がめちゃくちゃできそうな」学生であれば、迷わず後者を選ぶはずです。このように本来、採用はやりたい人ベースではなく、できる人ベースで合否が決まるのが通常かと思います。

2.キャリアの8割は偶然で決まる

そして、このような文化的背景や、採用者側からみた非合理、ということだけでなく、キャリアの主体者である本人にとっても、やりたいことをできるだけ早期に見つけるべき、というのは今の時代にそぐわない考え方であることが提起されています。それが、ジョン・D・クランボルツ教授の「計画的偶発性理論」です。
数あるキャリア理論の中でも、「計画的偶発性理論」では、今の時代のキャリアの8割は偶然によって決定される中で、その偶然を呼び込むために”不確実な将来のことばかりあれこれ考えるのではなく、今、どうあるべきか?“に着目している点がとても特徴的です。
クランボルツ教授いわく、成功したキャリアを歩んできた人は、共通して成功する前から、絶えず新しい学習の機会を模索し続け(好奇心)、失敗しても屈せず努力し(持続性)、新しいチャンスは必ず実現するとポジティブに考えており(楽観性)、こだわりを捨てて信念、行動を柔軟変え(柔軟性)、結果が不確実な中でもリスクを取って(冒険心)、行動していたそうです。
まさに“来た船に乗る”姿勢を持つということ。そして、比喩的な表現ではありますが、“来た船に乗る”ためには、より多くの様々な船が着岸できるように港を拡大することが重要なのではないでしょうか。つまり、より多くの新しいチャンス・偶然の良いチャンスをつかむためには、見通しのつかない先のことをあれこれ考えるよりも今、この5つの姿勢を心掛けた方が良い、ということだと思います。

3.10年後どうなりたいかはいらない

さて、私は今、このようなことを就活生に話して安心してもらっているのですが、かくゆう私も学生時代はやりたいことが決まりきらず、そしてそれは悪だ、と心のどこかで思っている学生の一人でした。
いわゆる普通の就活をしていない私は(児童心理治療施設で週3夜勤の長期インターンをずっとやっていました)、そこで出会った人からの紹介で今の会社に入ったのですが、これも今思えば、着た船に乗った結果だと思います。そして、やりたいこともなければ、就活の過程で抱きがちなよくある組織への幻想もなかった(就活をしていなかった唯一のメリットでした)ため、入社後のリアリティショックも特になく、与えられた仕事をひたすらやっていました。その内できることが増えるとやはり楽しくなっていって、もっと目の前の仕事に興味が湧き、だんだん任される仕事も増えてきてと、そういう正のフィードバックループが回り始めてからはようやく少しずつやりたいことが明確になってきた気がします。
10年後どうなりたいか、なんてなくても構いません。それは“今はまだ”ないだけだと思います。自分のできそうなことと、自分のやる気の源泉(モチベーションリソース)を明確にして、あくまでそれを最大限発揮できそうな会社を探すことに注力してもらえれば良いと思います。
人事にとっても、やりたいことがない、夢のない学生は本当に意欲のない学生でしょうか。それは小さいことで喜べる幸せの基準が低い人かもしれません。幸せの基準が低い、つまり小さなことでも喜べる人材は、こちらがあえて意味づけしなくとも、一人で頑張ってもらえます。ぜひ夢の(まだ)ない学生を見つけて、港により多くの船が着岸できるよう(可能性を最大限に高めることができるよう)、その拡大をサポートしていただければと思います。

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安藤健

元々、臨床心理学を学んでおり、児童心理治療施設(虐待などで心に傷を負った子ども達の心理支援をする施設)にて、長らくインターンをしていました。 ここは、まさに心理学を「病の治癒」に活かす現場でした。そこから一転、心理学を「人の能力開発」へ活かしたいと感じ、人事という世界に飛び込んでみました。 現在では、こういった心理学の観点なども踏まえつつ、人事・マネジメント系コラムの連載をしています。

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